<失敗学の研究者が見た、日本人の「ゼロリスク」信奉>
リスクを予測し、それを最小限に抑え込む対策、それは大事なことだ。しかし、日本人の「ゼロリスク」信奉、それは極端すぎる。リスクをゼロにする、それは神の領域だ。リスク対策、どこまでそれを押さえ込むか、やはり経済合理性の問題。リスクとコスト、バランス感覚を。
<失敗学の研究者が見た、日本人の「ゼロリスク」信奉>
<「信者」を減らさないと、日本の将来は暗い。東京五輪を機に、チャンスとリスクを議論して判断できる日本へと変わるべきだ>
人間は何かを行う前に、「チャンス」と「リスク」を秤(はかり)に掛けて判断する。東京五輪では、選手が国民に感動を与えることがチャンスで、試合場の選手団や観客から新型コロナウイルスが広がるのがリスクである。
しかし、テレビや新聞はリスクだけを報道し、秤に掛けるような議論は進まなかった。結局、時間切れで中止にはならず、IOC(国際オリンピック委員会)にいいように引き込まれて大会は始まった。・・・2021年9月12日・中尾政之(東京大学大学院工学系研究科教授、NPO「失敗学会」副会長)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/technology/2021/09/post-97080.php